◇◇ 君だけの愛を ◇◇
『テメェにしか出来ねえ、テメェが俺の為にできる事だ。よーく、考えてみろよ。』
プカリと煙草の煙を吐き出して、サンジは見るともなしに風に流れる煙を目で追った。
どこか楽しげにゾロから出題されたそれの解答はいまだにサンジの中で形になってはいない。
コックではないサンジ自身がゾロの為に出来る事はたくさんあるようで実は何も浮かばないというのが実情だった。
「サンジくん、もうお料理の方いいの?」
ラウンジの入口脇、柵に凭れてぼんやりと空を眺めつつ、煙草をふかしていたサンジを目敏く見つけたナミが声をかけてくる。
「いえ、まだです。今は時間待ちで、ついでに休憩中。」
朝食の席で誕生パーティの事を相談したサンジにナミは快くGOサインを出してくれた。
もともとその予定で購入していなかった食料事情は多少不安はあるものの、ログが目指す島に向かう途中にある島でその分の不足分は購入してくれると気前よく言ってくれたのだ。
締める所はしっかりとその財布の紐は固いのだが、必要な時はナミも出し惜しみせずに協力してくれる。
ただほんの少しだけ、苦笑と共に知らなかったの?とナミに問い掛けられた時には思わず知っていたなら教えておいて欲しかったと情けない声を上げそうになった。
「何か手伝える事があったら遠慮なく言ってね。」
料理が出来ているのでなければラウンジに入らない方がいいだろうと判断したのかニッコリと笑顔を見せてナミは船内へと戻っていく。
その背をぼんやりと見送って後で紅茶でも差し入れに行こうと思いながらサンジはゆっくりと煙草の煙を吐き出した。
「俺にしか出来ない・・・。」
思わず口から漏れた言葉にまた一つ大きくハアッと息を吐き出す。
島に上陸しているならまだしもこの小さな船の中では出来る事など限られている。
しかもコックではない自分に出来る事は、他のクルーと同じ条件で、もしかしたら重なる可能性もあるという事だ。
急であったし、もとからゾロの為にとプレゼントを用意しているのはナミやロビンぐらいなものだろう。
「酒・・飯・・・、あー、駄目だ。」
左手で髪を掻き混ぜて、サンジはハアッとまた一つ大きく溜息をついた。
チョッパーは医者という利点を生かした何かを準備するだろうし、ウソップはその器用な手先を駆使してゾロの為に何かを生み出すだろう。
ならば自分はコックとして・・・と考え始め、慌ててそれを却下する。
考えれば考えるだけ泥沼で、サンジの思考は一点をグルグルと回っては元に戻ってくる。
「あー、ちくしょう、クソマリモめ!」
サンジはグシャグシャと腹立ち紛れに髪を掻き乱し、大きく空に向けて煙を吐き出した。
こうして考え事をしている合間にも着々とパーティの為の料理は出来上がっていく。
サンジは咥えていた煙草の火を消すと、料理の続きをするためにキッチンへと足を向けたのだった。
予定にないパーティだったが、そこは料理の腕でカバーとばかりにサンジは持てる知識と技術を惜しみなく揮った。
同じ材料を使っても形一つ、香辛料の一つでまったく別の料理になる。
海のコックであるサンジにとってそれは当たり前のことではあったが、パーティの為の料理となるとまた別物だ。
見た目も豪華に華やかに見えるよう、細心の注意を払い作り上げていく。
その甲斐あってかテーブルの上に用意されたどの料理も飛ぶようにしてそれぞれの胃袋に収まっていく。
そして珍しい事に酒より優先的に食事をとっているゾロにサンジはウキウキと料理の皿を並べていったのだった。
「・・・そろそろか・・。」
用意された料理を食べ尽し、お開きとなってからそろそろ1時間が経つ。
それぞれが部屋に帰った中で、サンジは一人後片付けをしながら本日の主役の訪れを静かにキッチンで待っていた。
サンジに与えた謎かけのような、宿題のような言葉の答え合わせに、きっとゾロは訪れるだろうとチラリチラリと閉まった扉へと視線を送る。
いまだサンジの中でこれだというものは見つかっていない。
見つかってはいないが、サンジ自身としての答えは見つけたつもりだった。
「・・・酒。」
ゴトゴトと特徴的な足音が床を踏みしめ、そしてサンジの耳に小さな軋みの音を残し、いつもの声が狭いキッチンに響く。
いつものようにそう声をかけて、ゆっくりとテーブルに着いたゾロにサンジは苦笑を浮かべた。
「少し待ってろ。」
口に咥えていた煙草を消すと、サンジはゾロに背を向けて用意してあった器具へと手を伸ばした。
「・・・これは?」
「あー、・・・・オリジナルカクテル。」
ゾロの視線を感じながら作り上げたそれはサンジのオリジナル。
足の長いカクテルグラスに目にも鮮やかなグリーン。
そのグラスを物珍しそうに眺める目の色より少し淡い色合いのカクテル。
微かに上がる気泡を静かに目で追っているゾロにサンジは小さく咳払いした。
「名前はまだ決めてない。」
「ふーん。」
ゆっくりと無骨に見える指先が細い足をはさみ取り、目線の高さで不思議そうにグラスを眺める。
明かりに透かし、カクテルを見つめるゾロに、サンジは小さく深呼吸するとコホンとまた一つ咳払いをしてみせた。
「それに、それ・・・実はまだ未完成なんだ。」
「・・・・・はあ?」
サンジの告白にちょっと驚いたように目が丸くなり、ゾロの視線はグラスとサンジの顔を行き来する。
コックである自分がたとえ専門分野ではないとはいえ、未完成のものを出したのがゾロには驚きだったのだろうとその顔に微かに苦笑を浮かべる。
困ったように笑って見せたサンジはゆっくりとテーブルを回りゾロの横へと足をすすめた。
そしてグラスの足を持っているゾロの手にそっと自分の手を重ね合わせる。
「色々と考えたんだが、コックじゃない俺ってのは・・・・刀を持たないお前と同じで、お前の戦わない姿が想像できなかったように、俺もコックじゃない料理してない自分ってのが想像できなかった。」
サンジの独白に、無言で見つめている翡翠に微かな笑みを向ける。
「そんで、結局、俺の中で、コックでもいいからゾロだけに出来る何かを・・って色々と考えたんだが・・。」
「完成しなかったってことか・・。」
「ああ、ゴメン。」
ゾロの為にオリジナルの何かを用意しようと結論付けるまでにかなりの時間が掛かってしまった。
コックじゃない自分という条件を満たそうと色々と考えてみたものの、思いつくのはやはりコックとしての自分が出来る何かで。
最終的にコックとしての自分のままでゾロに何かをと割り切るまで、かなり無駄な時間を過ごしてしまったことになる。
そして着々と進むパーティ準備と平行して考えたオリジナルな料理というものもしっくり来ず、結果、酒好きのゾロのためにオリジナルカクテルを作ろうと思いついたのは実はパーティがお開きになって片付けをしている最中だ。
ゾロの誕生日が終わるまであと数時間。
片付けが終わる時間を見計らってゾロがキッチンに現れるだろうこともわかっていて、のんびりと試飲しつつオリジナルカクテルの製作など出来るはずもなかった。
それにオリジナルのカクテルを作るにはいまある材料では足りない。
サンジがゾロに感じるそれを形にするにはもちろん時間だって全然足りていないのだ。
唯一決めた色だって完璧とは言い難い。
「ふーん?」
いまだに二人の手は重ねられたままで、ゾロはそれを気にしたふうもなくそのままグラスを引き寄せるとその縁に唇を当てる。
傍から見ればサンジがグラスをその口元に運んでいる格好になっているのだが、まったく頓着したふうもなくその喉元がコクリと小さく音を立てる。
「いつ完成する?」
ひとくち口にして、完成していないと告げたサンジにジッとゾロの視線が注がれる。
美味いとも不味いとも口にしなかったゾロにサンジは内心苦笑を浮かべた。
完成していないと言った言葉を信じてそれを評価しないゾロに感心しつつ、サンジはほんの少し減ったライトグリーンの液体を見つめる。
「来年、・・・・には完成していると思う。」
たぶん・・と、心の中でつけつつ、そっとゾロの手から己の手を離す。
そして口元に微かな笑みを浮かべてカクテルより濃い色の瞳と視線を合わせる。
来年にはきっとゾロの事をもっと知っているだろうから。
「来年の今頃には。」
ゾロをイメージしたサンジだけのオリジナル。
サンジとそしてカクテルを交互に眺めたゾロがゆっくりと瞬きを繰り返す。
「来年・・・。」
「ああ、来年のお前の誕生日に。」
きっと今頃にはその瞳の色に合わせた、そしてゾロを思わせるような鮮烈で深みのある味を完成させてみせると、決意をあらたにしたサンジを静かに見つめていたゾロがニヤリと口角を引き上げて見せた。
「そりゃあ、たぶん無理だな。」
スッパリと言い切ったゾロが楽しそうにまたひとくちグラスからグリーンの液体を飲む。
あまりにもあっさりと言われたそれにサンジは目を白黒させて、次に言われた言葉にムッとしたように眉を顰めた。
「無理って、テメェ・・・、この天才コック様に出来ねぇもんはねえって分かって言ってんだろうなあ。」
低く怒りを宿したサンジの声にコトリと小さな音を立ててグラスがテーブルに戻される。
「そういう意味じゃねえよ。」
クククと楽しげに、サンジとはまったく逆の雰囲気を漂わせながらゾロが笑う。
その機嫌の良さそうな表情にサンジは怒りを持続させる事が出来ず、困惑へと変わった蒼い瞳を向ける。
「じゃあ、どういう・・・。」
「サンジ。」
唐突に柔らかな声で滅多に呼ばれない名前を呼ばれ、サンジは穏やかな笑みを浮かべているその瞳に自分の姿が映っているのに気付いた。
「これは俺の為の酒なんだろう?」
「・・・ああ。」
今更なんの確認だと思いながら答えたサンジにフワリとゾロが笑みを浮かべる。
「俺の為に作った酒だな?」
「・・・ああ。」
馬鹿の一つ覚えのように言葉を返したサンジからゾロの視線が半分ほどになったカクテルへと注がれる。
「この酒が未完成のように、俺だって未完成だ。」
静かなゾロの言葉にハッとしたようにサンジはグラスへと目を向ける。
「俺は鷹の目に勝って、世界一になったとしてもそれで終わりだとは思わない。」
ゾロの言わんとしていることを察してサンジはその穏やかな顔に視線を戻した。
「俺が完成していないのにこの酒が完成するなんてありえない。」
どうだ、違うか?といったふうに見つめられて、サンジは苦笑まじりに頷くしかない。
ゾロをイメージして作ったこのカクテルが、ゾロより先に出来上がることなんて絶対にないのだ。
いつまでも未完成のままのカクテル。
「だから、サンジ。」
優しい声にサンジは小さく笑った。
「来年の今日・・・、また未完成のカクテルを飲ませてくれ。」
言葉と共に押しやられたグラスを受け取ってそのグリーンの液体を喉に流し込む。
「分かった。約束してやる。来年の今日、テメェの為だけに作ったカクテル、飲ませてやるよ。」
すっかり空になったグラスを手にクルリとサンジはゾロに背を向けシンクへと向かう。
「来年も、再来年も、そのまた次も。」
サンジはふうっと息を吐き出すと無言で背中を見つめているゾロに話し続ける。
「いつか完成するまで、テメェの為に作り続けてやるよ。」
ずっと未来、共に歩めなくなるまでその傍で見ていてやるという意味を含んだ告白を口にして、サンジはゆっくりと顔に血の気が登ってくるのを感じた。
遅れてやってきた鼓動が耳についてうるさく感じるが、それよりも背後からのリアクションがないのが気になる。
そっと、首だけを動かして振り返り、そして弾かれるように顔を戻すとサンジは慌てて水道の蛇口を捻った。
ゾロはただ微笑んでいた。
優しい、とても優しい眼差しで。
「あー、あ・・・ゴホン。」
室内を満たしたどこか甘い幸せな空気にサンジは一つ咳払いをすると、キュッと音を立てて水を止め、顔を引き締めるとゆっくりとゾロと向き直った。
ゾロにカクテルを出す為に久々に引っ張り出したシェイカー一式が綺麗に並べられている。
もちろんカクテルを作る為に使った酒も多種多様に。
サンジはゾロを見つめ優雅な仕草でお辞儀をするとニッコリと笑いかけた。
「ご注文はお決まりでしょうか?クソお客様。」
サンジの問い掛けにゾロがにやりと唇の端を吊りあげる。
そしてその唇から告げられたカクテルにサンジは微かに笑う。
それはありきたりのよく知られた誰かの為のカクテル。
ゾロに背を向け流れるような仕草で注文されたそれを作り始める。
軽やかなリズムを刻む音を聞きながらサンジはこれから先の未来に思いを馳せる。
いつかの未来に。
貴方だけの為のカクテルを。
END++
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2006ゾロ誕SS、君の為に出来る事の続編になります。
こちらは一応『シリアスチックに甘々』なお話。
コック以外で自分が出来る事を・・・と考えて、やっぱり自分はコックなんだと自覚したお話というか・・・微妙なゾロのプロポーズ話?(マテヤ
ラストはお好きな方をどうぞ♪と言う感じでw
楽しんで頂ければ幸いです♪
----------※DLF期間は終了しました※-------------
(2006/12/27 AFTER IMAGES 千紗 拝