◆◆ 君だけに愛を ◆◆
『テメェにしか出来ねえ、テメェが俺の為にできる事だ。よーく、考えてみろよ。』
パタンと軽い音を立ててしまった扉をぼんやりと見つめながら、サンジは胸ポケットから取り出した煙草に火を着けた。
俺にしか出来ないって何?と、その楽しげな様子に面食らった反面、そう言われて咄嗟に頭を過ぎ去った事は一つしかなくて、スパスパと短く煙草の煙を吐き出す。
もしかしてゾロは気付いているのだろうか?
短い間隔で空気に溶け込んでいく煙を目で追いながら自分に問いかけたサンジは、軽く額を押さえてまた一つ溜息をついた。
美味い飯に美味い酒。
コックとしての己が出来るものは却下されてしまった状態で、サンジ個人で・・・と言えばやっぱり浮かぶのはただひとつの事で・・・。
「やっぱり・・・・ラブコックだしなぁ・・。」
ハアッと大きく吐き出した煙はハートに形取られていて、これは覚悟を決めるしかないのかとサンジは神妙な顔付きでウンウンと首を何度も縦に振ったのだった。
「おめでとう、ゾロ、これプレゼントだ。」
「おう、ありがとうな、チョッパー。」
「エッエエ・・。」
「おふぉっう、ロォオ。」
「いいから、食ってから喋れ、まあ、ありがとな、ルフィ。」
「おめでとう、剣士さん。」
「・・・ああ。」
「おめでとう、ゾロ。はい、これ特別に私とロビンから。」
「おっ、悪りぃな、ありがとう。」
「ゾーロー、飲んでっかぁ。」
「・・・ウソップ、テメェはもう飲むな。」
「何言ってんだぁ、海の男は飲むぞぉ。おめでとう、ゾロォ。」
「ククッ・・・ありがとうよ、ウソップ。」
いつもの食事より豪勢に用意された料理が飛ぶようにして消えていく。
豪快に食べるルフィやそれに負けじと料理を頬張るチョッパー、いつにもまして軽快にホラ話を面白おかしくするウソップ、そんなクルーの姿を見つめるゾロは始終笑顔で、滅多にないぐらいに上機嫌な様子だった。
眉間の皺も消え、楽しそうに笑うその顔にナミやロビンも楽しそうに笑っている。
それらを横目に追加料理に片付けにと、動き回る自分が少しだけ可哀想だなと思いながら料理の乗った皿をテーブルに置き、代わりに空の皿を片手にシンクへと向かう。
「おい、クソコック。」
「ああ?」
今日だけは特別といったふうに浴びるように酒を飲んでも咎められる事のないゾロは先ほどからそう声をかけてきては遠慮なく追加の酒を強請ってくる。
またそれかと肩を竦めて振り返り、サンジは自分に向けて上機嫌に差し出された瓶とゾロの顔を交互に見比べた。
「ナミとロビンからだ。」
「・・・おう?」
「後で飲むから、テメェも付き合え。」
ニッコリと上機嫌に告げられ、軽く左右に揺らされる酒瓶を受け取らされる。
どういう意味だろうと疑問符を浮かべながらサンジは手渡された瓶とゾロの顔を見比べ微かに首を傾げた。
「やあだぁ〜、やらしー、男二人だけで酒盛りぃ?」
クスクスとこちらもアルコールが程よく回って上機嫌なナミがキャラキャラと笑い声を立ててゾロの肩をバンバンと手のひらで叩く。
「おい、痛てぇ、痛てぇって、ナミ。」
それに大げさに笑いながら痛がってみせたゾロはサンジに向かってニッと唇の端を引き上げてみせる。
「たまにはそういうのも悪くねえ。・・・・な?」
「・・・おう。」
なあにィそれーと、楽しげに笑っているナミと、男の子は色々あるのよ・・と分かったような顔をして同じように絡んでくるロビンにゾロが声を出して笑っている。
それぞれがとんでもなく酒には強いが酔わないというわけではないらしいと、まさに箸が転がっても笑うという状態の3人をそのままにサンジはシンクと向かう。
そして縁いっぱいまで溜まっていた皿をゆっくりと洗い始めた。
追加の料理は先ほどで最後だと、腹持ちのいいポテトをたっぷりと揚げてテーブルに運んだ。
上機嫌なそれぞれの笑い声を背後に聞きながら、サンジは黙々と洗っては皿を水切り籠に伏せていく。
そして一通り片付きかけた所でハッといきなり顔を上げた。
もしかして、さっきのは・・・・・。
ゾロから二人だけで飲もうと誘われたことなど今まで一度としてない。
サンジが片付けをしている後ろで一人で晩酌をして、気が向けば会話を交わす、親しいというには微妙なそんな友好関係だったはずだ。
それがはっきりとゾロから二人っきりで飲もうと誘われてしまった。
つまり、それって、やっぱり・・・・・。
ガチャガチャと食器が触れ合う音がラウンジの中に響き、どんどんと洗いあがった皿が籠に積み上げられていく。
無意識でも出来る作業をしながらサンジの胸はドコドコと激しく音を打ち鳴らす。
・・・ど・・・・どうしよう?
ドッコンドッコンと大きくなっていく鼓動が周囲に聞えやしないかと不安になりながらも、期待にあらぬところが熱くなり始めるのにサンジは焦った。
背後ではまだ馬鹿騒ぎが続いているが、それもあとしばらくでお開きになるだろう。
すると、騒ぎ疲れたお子様達はあっという間に眠ってしまうだろうし、気分よく杯を重ねていた麗しの女性陣もさっさとベッドに入ってしまうだろう。
そして、この場に残るのは先ほどの酒を二人で飲もうと誘ったゾロと自分だけということになる。
ぐっすりと眠ってしまったクルー達はもともと多少の物音ぐらいでは起きて来ないのだが、意図的ではないとはいえ、彼等が滅多に起きて来ないような状況をすすんで作り上げてしまったような気もする。
「おい、チョッパー連れっててやれよ。」
考え事をしていたサンジの耳にいやに響く声が届く。
チラリと振り返った背後では長椅子の上で半分寝ているようなチョッパーがゾロの手によってウソップに引き渡されていた。
「おー。きゃっぷてぇ〜ん、うそ〜っぷさまにぃおまかせぇ〜。」
「おれもーはこべぇ〜。」
受け取るなりよろけたウソップに、にょーんと伸びてきたゴムの腕が巻きつく。
「おまかせぇ〜。・・・へぶっ。」
こちらもいつの間に飲んだのかアルコールの回った顔でへばりつくルフィにウソップが支えきれず今度こそ床に倒れ伏す。
ガンっと派手な音がしたにも関わらず倒されたウソップは文句を言うでもなく、ケタケタと楽しげに笑っている。
「・・・酔っ払いが・・・・仕方ねぇ。」
それに呆れたように笑ったゾロがヘロヘロになったウソップとルフィの首根っこを掴みあげるとズルズルと引き摺るようにして扉へと向かう。
「あー、楽しかったぁ。サンジくん御馳走さまー。」
「コックさん、美味しかったわ、御馳走さま。」
その後ろ姿を追うようにアルコールで仄かに色付いた頬に笑みを浮かべて、ナミ、ロビンもゆっくりと扉へと向かう。
「それじゃ、おやすみ。」
「すみーぃ。」
「おやすみなさい。」
グーガーと鼾を掻き始めたルフィが出口に大きな音をたててぶつかるがまったく目覚める様子もない。
「おやすみなさい。」
ヒラヒラと手が振られ、パタンと軽い音をたてて扉が閉まるとサンジは大きく息を吐き出した。
とうとう、とうとうこの時が来てしまった。
テーブルの上、綺麗に空になった皿をシンクに運び、ジャブジャブと泡を立てながら皿を洗っていく。
男部屋にルフィ達を放り込んだらゾロは速攻帰ってくるだろう。
そしてサンジが洗い物を終えて、先ほどの酒に合う肴を用意して・・・。
「あー、クソッ!どうしたらいいんだぁ!」
ドキドキと激しくなる鼓動と勝手に緩む頬にサンジは雄叫びを上げてガシャガシャと乱暴に皿を洗う。
二人っきりになったら、何を話せばいいのか。
いままでどんな話をしてきたのか、全然思い出せない。
ただサンジの頭の中にあるのは、『自分にしか出来ないゾロを喜ばせる事』といった命題だけだ。
手はいつもの作業を繰り返しながら、目まぐるしくサンジの頭の中では色々なシチュエーションがグルグルと渦巻いていく。
「ん、んっ・・・、よし!たぶん、これで何とかなる!」
洗いあがった皿を籠に伏せ、最終的なシュミレーションの終了したサンジがグッと拳を固めて声に出し、その頬をニンマリと緩めた。
自分にしか出来ない事はたった一つだけ。
心臓はドコドコと大きな音を立てていまだにうるさいが、幾分気分の軽くなったサンジは意気揚々と洗い上げた皿をまた一つ籠の中へと伏せたのだった。
サンジが片付けを終え、おざなりに何種類かのチーズを皿に乗せた頃、静かに扉を開けてゾロがひょっこりと顔を覗かせた。
「おそかっ・・。」
「悪りぃ、ちょっと湯使ってた。」
ポタポタと髪から落ちた雫を目で追うと、肩にかかっていたタオルがガシガシとその短い髪を拭っていく。
「風呂入ったんならそのまま寝ちまっても良かったのに。」
アルコールとは違う湯上りに火照る肌と香る石鹸の臭いに思わず呟いたサンジにゾロが肩を竦めてみせる。
そしてグラスが用意されていた席へとドカリと音を立てて腰を降ろした。
「せっかくの美味い酒、それを飲まずに寝たらきっと眠れねえ。」
「誰も盗ったりしねえって。」
呆れたように笑ったサンジにゾロが軽く片眉をあげてみせる。
「そういう意味じゃねえ。」
チラリと悪戯っぽく笑った顔がグラスを手にとり、そして隣に座るように促してくる。
その誘いに素直に応じてサンジは先ほど預かった瓶の蓋をゆっくりと抉じ開けた。
そして差し出されたゾロのグラスと自分の目の前のグラスへと琥珀の液体を注いでいく。
「・・んっ。」
軽くグラスを傾けられて何事かを求める眼差しにサンジは自分のグラスを触れさせるとかすかに笑みを浮かべた。
「誕生日おめでとうゾロ。」
そういえば、誕生日のことを聞いてから一日忙しく走り回り、こうして改めてゾロに祝いの言葉を告げるのは今日始めての事かもしれないとサンジは苦笑を浮かべた。
「おう、ありがとうな。」
ニッと唇の端を釣り上げたゾロがカチンとグラスを鳴らしてグイっと琥珀の液体を喉に流し込む。
「うめー、ナミとロビンの奴、奮発したなあ。」
感心したような嬉しそうな声を上げたゾロが二口目はゆっくりと味わって飲んでいる。
それに習ってひとくち口に含み、その馥郁とした香りと舌の上をトロリと流れるような深い味わいにサンジも目を細めた。
思わずラベルを確認するように瓶を傾けたサンジの視界でゾロが微かに笑ったのに気付く。
ラベルから視線を上げ、チラリとそのゾロの様子を伺ったサンジにゾロはクククと楽しそうに笑った。
「テメェの知らない味だったか?」
楽しそうなその表情にサンジは肩を竦めてそしてもう一度ラベルへと目を戻す。
バラティエに居る間に様々な有名な酒は飲んできたが、その中にこのラベルと同じものはなかったように思う。
もちろんすべての酒がバラティエにあるとは思ってもいないし、その地域や島独自の酒というものも存在するのだ。
ただ、いつもの癖でラベルと酒の味を記憶に留めようとしただけだった。
「本当に美味いな、これ。」
テーブルの上に酒の瓶を戻し、またひとくち口に含んでサンジはしみじみと感想を述べる。
「ああ、美味い。」
サンジの呟きに満足そうに笑ったゾロがグラスをゆっくりと傾ける。
いつもは刻まれている眉間の皺も今日はほとんど見ることがなく一日が終わりそうだとサンジは横で機嫌よくグラスを傾けているゾロにそっと口元を綻ばせる。
「なあ、ゾロ・・。」
しばらく静かにグラスを重ねて、瓶の中身が半分ぐらいになった頃、サンジは小さな声でゾロの名を呼んだ。
「なんだ?」
サンジの呼びかけにグラスをテーブルの上に置いたゾロが首を傾げて様子を伺ってくる。
その静かな翡翠の瞳にサンジは緊張で震えそうになる手をテーブルの下でゆっくりと開閉させる。
「あ、あの、ゾロ。」
勢い込んで掠れた声に、不思議そうに瞬きしたゾロと視線を合わせると、サンジは大きく息を吸い込み、グラスを掴んでいたゾロの手に己の手を重ねた。
「・・・なんだ?」
ギュッと重ねた手は温かく、サンジはドクドクと激しく鳴り響く鼓動にハアと荒い息を零した。
「考えたんだ。」
「・・は?・・・考えた?」
大きく深呼吸を繰り返して、サンジの言葉と態度の意味を図りかねているだろうゾロに身体毎向き合うと、強引に残りの手も掴み取った。
そしてギュッと力を入れて握るとサンジは深く息を吐き出した。
「俺がゾロの為に出来る事・・。」
「あ、・・ああっ!」
サンジの言葉に思い出したという風に困惑したような声を上げたゾロにサンジはすうっと息を吸い込む。
「考えて、いろいろ考えて、そんで、決めた。」
「・・・・はあ?」
「ゾロ!!」
ギュギュッときつくゾロの手を握り締めて、サンジはゆっくりと口を開いた。
「俺がコック以外でゾロに出来る事って言ったら、この身体で愛を囁く事だけだ。」
「・・・はあああ?」
サンジの言葉に眉を寄せ、意味が分からないとばかりに首を傾げたゾロに長椅子を跨いで体を近寄らせる。
「この身体でテメェに最高の快楽を与えてやる。」
キッパリと言い切ったサンジを10秒ほど無言で見つめたゾロの目がこれ以上ないほどに大きく見開かれていく。
「快楽ぅぅっ?!!」
素っ頓狂な声を上げてマジマジと見つめてくるゾロにサンジはニッコリとやっと言う事ができたとばかりに笑顔を向ける。
ドクドクと激しく鼓動はなりっぱなしだが、言葉にしてしまった後は行動あるのみである意味楽だと目の前のゾロに笑いかける。
「おい・・・おい、ちょっと、落ち着け!」
ガッシと両手を掴んだまま、身体を寄せて一気に体重をかけて押し倒したサンジの下で顔色を変えたゾロがジタバタと手足を揺する。
「ゾロ、もう時間もねぇし、頑張るな。」
「あ、アホか!テメェ、正気に・・・っぁ。」
サンジはなにやら抗議しようとしたゾロの唇をパックリと自分の口で塞ぐとチラリと時計へと視線を走らせた。
ゾロの誕生日が終わるまであと一時間。
一時間で何回イケるだろうと、サンジはうっとりと熱い舌を絡め取って素早くシャツの中に手を滑り込ませた。
『テメェにしか出来ねえ、テメェが俺の為にできる事だ。よーく、考えてみろよ。』
「あ、ああ・・・、もう、やぁっ。」
「ゾロ、ゾロ、イイ?気持ちイイ?。」
「あっ・・・・んぅっ、ぁっ。」
コックじゃない、俺の、ラブコックの愛を受け取りやがれ。
END++
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2006年ゾロ誕SS『君の為に出来る事』の続編になります。
分岐の内の『ギャグテイストで微エロ』話・・・。
なんとなくゾロが不幸な目にあってるような気がしないでもないのですが、まあ、こんな感じで(何が
どちらでもお好きなエンディングをお選びくださいねw
----------※DLF期間は終了しました※----------
(2006/12/27 AFTER IMAGES 千紗 拝)