大別当城

  大別当城は、勝田郡奈義町高円・関本、標高583mの大別当山頂上付近にあります。縄張りは細長い山頂に曲輪が並び、中央部に二本の堀切で挟まれた主郭が認められます。さらに左右には曲輪が続き複数の段や帯曲輪に分かれています。美作菅家一族の本拠地として有元氏により築城され、美作東部を支配していました。
 「太平記」によると、1333年赤松氏の配下として後醍醐天皇の京都帰還を助けたとの記録があります。また、1361年には山名氏の美作侵攻にあたり落城しています。戦国時代末期には、尼子氏から毛利氏、さらにその後は宇喜多氏に仕えています。

                 大別当城縄張り図         作図 山形省吾氏