三星城

 三星城は美作市明見、梶並川・滝川の合流点、標高233mの独立峰三星山頂にあります。縄張りは東西に連なる三つの峰を中心に南側に二筋の尾根、北側に一筋の尾根を巧みに利用し、各曲輪には堀切・竪堀・土塁・見張り台等が配置され、連続畝状竪堀もみられます。一部には織豊系縄張り技術による改修もなされています。当城は鎌倉時代にはすでに存在しており、戦国時代には山名・尼子・毛利そして宇喜多の侵攻をうけています。戦国時代末期の天正期、後藤氏により美作一円は平定され、毛利方の前線として宇喜多・羽柴勢との激戦の末落城、廃城となっています。

                   三星城縄張り図        作図 山形省吾氏