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>>読み物>>津山の植物・里山をのぞいてみよう 第5回
第5回 万葉の植物(下)

 さて、先月に引き続き、今回は別の角度から何首か、当時の人と関わりのある植物の歌を見ていきましょう。
   やにあればけにさかるいいを草枕旅にしあれば椎の葉に盛る
 前回の松の歌に同じく、死地に赴く旅の途次の、有馬皇子の歌で、シイノキが登場しています。当時の政治的環境はともかく、私の好きな歌の一首です。
   あかねさす紫野ゆき野守は見ずや君が袖ふる
 私たちにも馴染みの深いこの歌は、権謀術数華やかだった飛鳥の宮の中で生まれました。日本文化始まる頃の歌には、遊びを超えた時代の波が彩る輝きが見られます。アカネ、ムラサキは共に古代の染料でした。ちなみに「紫は灰指すものぞつばきいち椿市の…」(巻12)とムラサキの根茎を潰した汁に椿の灰を加えて染める、古代の染色法を詠った歌もありました。
   春過ぎて夏来るらししろたえの衣ほしたり天の香具山
栲(たく、たえ)は楮(コウゾ)の事ですから、白栲はコウゾの繊維で、白く織り上げた古代の衣料、今も楮は和紙原料として使用されています。
 なお楮は古代に中国から渡来した植物、また製紙技術は推古天皇18年(610年)に高麗僧が伝えたとされています。中国地方の古代豪族が、殖産政策として楮や梶の木を植えさせ、製紙技術を奨励したと考えられます。古代勝北郡東北部に梶並郷があり、楮という地名まであることを考えると、美作の古代は製紙産業豊かな国だったのでしょう。近世、森・松平両藩も楮の植栽を奨励しましたが、現在美作の製紙業の衰退が残念でなりません。
   
製紙原料のこうぞ
いねつけばかがる我が手を今宵もか殿の若子が取りてなげかむ
 稲(イネ)を詠ったこの歌が載せられている万葉集巻14は、東歌といって東国の民衆の歌です。作者も製作年代もはっきりしない特殊な1巻です。当時この地方の民衆の中に、文字があったとは想像できませんが、万葉集を編集した文化人が食指を動かすような歌(民謡)が生まれていて、これを定形に編集したのでしょう。文字を持たない若い農婦にこれだけ巧みな表現力があったとはとても思えません。
 これまで、上下編を通じてハギ、ウメ、マツ、アシ、ススキ、シイ、アカネ、ムラサキ、コウゾ、イネの10種類の植物が出てきましたが、ムラサキ以外は津山市で見られます。
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